洞窟の比喩とは?【ギリシャ哲学】

プラトン著作「国家」に含まれる「洞窟の比喩」。

哲学者プラトンは,この世界を「洞窟の比喩」によって,「現実は、完全で真実な世界の影にすぎない」と説明しました。

様々な人が惹きつけられる,そのストーリーを見ていきましょう。

Ads by Google

洞窟の比喩

(ストーリー)イラスト出典:100分de名著

「洞窟の比喩」の物語の冒頭を表すイメージ

暗い洞窟の中に囚人たちが生まれたときから住んでいます。

囚人は手足と首が縛られており,洞窟の壁に向かされています

囚人たちの背後にはへいがあり,その奥にある火の明かりが,塀の上にある人形の影を、洞窟の壁に映しています。

「洞窟の比喩」を表す物語のイメージ

囚人たちは,影を見ながら過ごしているうちに,影こそがホンモノ(真実)だと思うようになります。

そして,人形の影の動きを推測し,その動きに最も近い囚人は,賞賛されるような生活を送っていました-

あるとき,一人だけ拘束から自由にされ,後ろにある火の明かりを見るように強制されます。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

ずっと影だけを見ていた囚人は,光を見ると目がくらみ,痛みさえ感じます。そのため,向きをかえて,自分にとって見やすい影をまた見るようになります。

ここで,誰かに洞窟の外へと無理やり引っ張られ,太陽の下,光が照らす世界に連れて行かれます。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

当然ながら,囚人はずっと暗い洞窟にいたため,あまりの明るさに初めは何も見ることができませんでした。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

少しずつ光に慣れて,

ようやく外の景色,

自然の姿を目の当たりにします。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

囚人は太陽の光を知り,洞窟の影や自分が見ていたものは,すべて太陽が成り立たせていたことを悟ります。

囚人はこの体験を非常に幸福に思うと同時に,洞窟にいる他の囚人たちに,憐みの感情がわいてきます。

そして,この体験を他の囚人に伝えるべく,再び洞窟に戻ります。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

しかし,光に目が慣れてしまったため,今度は影を上手くみることができません。

そのため,他の囚人からは「光を見たせいで目をだめにしている」と笑いものにされます。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

外の体験を洞窟にいる他の囚人に伝えますが,洞窟にいる囚人は全く信じようとしません
それどころか,伝えてくる囚人を厄介に思い,殺害しようとさえ行動をとります。

それでも外の体験をした囚人は,再び洞窟に入り,他の囚人と同じように影を見る生活をしながら,囚人たちを真実に導くために行動しなければなりません

「洞窟の比喩」の物語の結末を表すイメージ

光を見た囚人からすると,暗い洞窟にいるくらいなら,太陽のある世界で生活をしたほうが幸せに思えるからです。

洞窟の比喩が表すもの

プラトンは現実の私たちを「囚人」とし,洞窟の中は「私たちが住んでいる世界」だと例えています。

  •  :動物的な快楽。物欲,金欲,地位欲など。
     
  •  影を見る囚人:影の動きに一喜一憂する人々。動物的な快楽(影)こそを真実とし,価値のあるものとして追い求めている。
     
  •  人形を操る者:囚人の裏で動物的快楽となる影を生み出し,囚人たちが気付かないように扇ぎ立てる人々。
     
  •  背後の明かり:太陽と近い善の性質でありながら,一定の範囲しか照らさない光。
     
  •  太陽:善そのもの。イデア(完全な本物)。

洞窟の中(この世界)は,一定の範囲を照らす善の光によって,ある人々が囚人の快楽を扇動し,囚人は快楽の影を真実として追いかけ生活をしている、といえるでしょう。

「私たちが現実に見ているものや経験は,真実ではなく,ただの影にすぎず,生まれたり消えたりする不完全なもので,本当のものは外にある」

これが「洞窟の比喩」による,プラトンの考えです。

(ちなみに,「人形」は現代では映写機などに例えるとイメージとして持ちやすいかもしれません)

イデア」について詳しくはこちら

光を見た人(解放者)

もし「善そのもの」「本当の善や光,美」を見た人は,真実の善や光,美を生み出せると『解放者』されます。

解放者は,洞窟にいる囚人を太陽のある素晴らしい世界まで連れて行き,囚人を解放するように行動します

自分が体験した光の素晴らしさと,囚人たちが追いかけているものはただの影でしかないことについて,なんとか説得を試みるのです。

解放者が光について話すと,他の囚人にばかにされたりもしますが,一部の囚人は自分の体と魂の向きを変えて,善に近づこうとします。

解放者の行動

囚人は身動きができないので,誰か解放してくれる人がいないと,自分が見ているものが影だと気付けず真実にたどり着けないのです。

快楽に浸ることが習慣であった洞窟の囚人は善に近づくことに何度も挫折し,もとの生活に戻ろうとする傾向があります。

それでも,解放者は囚人が光に慣れるまで,忍耐強く援助をしながら善そのものへ向かせようとし,囚人も自らを奮い立たせます。

そうして,善に近づいていくうち,囚人はますます光を体験したいと思うようになり,もっと光を浴びることができるように節制と努力をします。

そして,囚人が善そのものを見ると,これまでの動物的で肉体的な快楽より,はるかに素晴らしい体験をすることになるのです。

この素晴らしい体験をさらに別の囚人に伝えるため,これからは解放者として再び洞窟に入り,先代の解放者のように行動します。

解放者って?たとえば誰?

死刑を宣告されたソクラテスが、真実のために自ら毒を飲む様子を描いた作品(1787)

ギリシャ時代では,プラトンの師匠である哲学者ソクラテス。

ソクラテスは「真理(イデア)」を人々に知って欲しかった解放者と考えられます。しかしその結果,嘆く人もいるなか,ソクラテスは死刑にされてしまいました。

真実よりも影を見ていたい人々からすれば,「この人は何を言っている?おかしな人だな」と解放者に対して思ってしまうのです。

弟子であるプラトンは,こうした人間の性質を捉えていました。

洞窟の比喩」には,解放者の誕生を後世に託していき,真実な世界を実現させる想いが込められているのかもしれません。

こうした歴史上の人物から現代に至っても,解放者によって,真実から出る本当の光や善、美、愛が洞窟の中(この世界)にもたらされていると考えられたのです。

おわりに

今回ご紹介した「洞窟の比喩」は,プラトン著作「国家」の下巻に収録されています。

対話篇という会話形式で書かれていることから,プラトンの作品は比較的読みやすいと好評です。

プラトンの師ソクラテスについてはこちら