「イデア伝えたい」洞窟の比喩とは?【ギリシャ哲学】

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哲学者プラトンは人間が住む現実世界を次のように例えました。

 プラトン「この世界は完全で真実な世界の影にすぎない」

いったい・・・、どういうことでしょうか。

このことを説明しているのが哲学界で有名な「洞窟の比喩」です。

プラトンは「洞窟の比喩」によって,「この世界の姿は,完全で真実な世界の影にすぎない」と例えを用いて主張しているのです。

じつは,多くの人が「洞窟の比喩」の例えをイラストで表しています!

検索すると出てくると思いますよ!

「洞窟の比喩」の物語は今でも多くの人を魅了しているので,今回は簡単にまとめました。

「洞窟の比喩」プラトン著作「国家」に含まれる内容です

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洞窟の比喩

それでは「洞窟の比喩」のストーリーをさらっと見ていきましょう!

あとで簡単な解説を入れています!

(ストーリー)

「洞窟の比喩」の物語の冒頭を表すイメージ

暗い洞窟の中に囚人たちが生まれたときから住んでいます。

囚人は手足と首が縛られており,洞窟の壁に向かされています

囚人たちの背後にはへいがあり,その奥にある火の明かりが塀の上にある人形の影を洞窟の壁に映しています。

「洞窟の比喩」を表す物語のイメージ

囚人たちは影を見ながら過ごしているうちに,影こそがホンモノ(真実)だと思うようになります。

そして人形の影の動きを推測し,その動きに最も近い囚人は賞賛されるような生活を送っていました-

あるとき一人だけ拘束から自由にされ,後ろにある火の明かりを見るように強制されます。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

ずっと影だけを見ていた囚人は,光を見ると目がくらみ,痛みさえ感じます。そのため囚人は,向きをかえて自分にとって見やすい影をまた見るようになります。

ここで,誰かに洞窟の外へと無理やり引っ張られます。そして太陽の下である光が照らす世界に連れて行かれます。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

当然ながら囚人はずっと暗い洞窟にいたため,あまりの明るさに初めは何も見ることができませんでした。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

少しずつ光に慣れ,

ようやく外の景色,

自然の姿を目の当たりにします。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

囚人は太陽の光を知り,洞窟の影や自分が見ていたものは,すべて太陽が成り立たせていたことを悟ります。

囚人はこの体験を非常に幸福に思うと同時に,洞窟にいる他の囚人たちに憐みの感情が沸いてきます。

そして,この体験を他の囚人に伝えるべく再び洞窟に戻ります。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

しかし洞窟に戻ろうとした囚人は,光に目が慣れてしまったため,今度は影をうまく見ることができません。

そのせいで,洞窟にいた他の囚人から「光を見たせいで目をだめにしている」と笑いものにされます。

「洞窟の比喩」の物語を表すイメージ

外に出た囚人は,外に出たときの体験を洞窟にいる他の囚人に必死に伝えようとしますが,洞窟にいる囚人は全く信じようとしません

それどころか,伝えてくる囚人を厄介に思い,殺害しようとさえ行動をとります。

その後,外の体験をした囚人は再び洞窟の中で過ごすようになります。

他の囚人たちと同じように影を見る生活を送りながら,彼らを真実へ導くために行動し始めました。

「洞窟の比喩」の物語の結末を表すイメージ

外の光を見た囚人は,「暗い洞窟にいるくらいなら太陽のある世界で生活をしたほうが幸せだ」と思えたからです。

それでは、「洞窟の比喩」が何を表しているのかを見ていきたいと思います!

洞窟の比喩が表すもの

哲学者プラトンは,現実世界に生きる私たちを囚人とし,洞窟の中を私たちが住んでいる世界だと例えています。

洞窟の比喩が表すもの

  •  (イラスト左):動物的な快楽。物欲,金欲,地位欲など。
     
  •  影を見る囚人(イラスト中央):影の動きに一喜一憂する人々。動物的な快楽(影)こそを真実とし,価値のあるものとして追い求めている。
     
  •  人形を操る者(イラスト右):囚人の裏で動物的快楽となる影を生み出し,囚人たちが気付かないように扇ぎ立てる人々。
     
  •  背後の明かり(イラスト右端):太陽と近い善の性質でありながら,一定の範囲しか照らさない光。
     
  •  太陽:善そのもの。イデア(完全な本物)。

この世界は一定の範囲を照らす善の光があり,その光によってある人々が囚人の快楽を扇動しており,その快楽の影を囚人は誤って真実として追いかけながら生活をしている。これがこの世界の姿だとプラトンは洞窟の比喩で例えています。

「私たちが現実に見ているものや経験は真実ではなくただの影にすぎず,生まれたり消えたりする不完全なもので本当のものは外にある」

これが「洞窟の比喩」によるプラトンの考えです。

(「人形」は現代では映写機などに例えるとイメージしやすいと言われます)

光を見た人(解放者)

もし「善そのもの」「本当の善・光・美」を見た人は,「真実の善・光・美」を生み出せる解放者となります。

解放者は洞窟にいる囚人を太陽のある素晴らしい世界まで連れて行こうと,解放のために行動するようになります

自分が体験した光の素晴らしさと囚人たちが追いかけているものはただのフェイクでしかないと,なんとか説得を試みるのです。

解放者が光について話すと他の囚人にばかにされたりもしますが,一部の囚人は自分の体と魂の向きを変えて善に近づこうとします。

解放者の行動

囚人は身動きができないので,誰か解放してくれる人がいないと自分が見ているものが影だと気付けず真実にたどり着けません。

快楽に浸ることが習慣であった洞窟の囚人は,善に近づくことに何度も挫折するともとの生活に戻ろうとする傾向があります。

それでも解放者は囚人が光に慣れるまで忍耐強く援助をしながら善そのものへ向かせようするので,囚人も自らを奮い立たせます。

そうして善に近づいていくうちに,囚人はますます光を体験したいと思うようになります。そして,より光を浴びることができるように節制と努力をします。

囚人が善そのものを見ると,これまでの動物的で肉体的な快楽よりはるかに素晴らしい体験をすることになるのです。

この素晴らしい体験をさらに別の囚人に伝えるため,これからは解放者として再び洞窟に入っていき先代の解放者のように行動します。

解放者って?たとえば誰?

死刑を宣告されたソクラテスが、真実のために自ら毒を飲む様子を描いた作品(1787)

ギリシャ時代ではプラトンの師匠である哲学者ソクラテス。

ソクラテスは「真理(イデア)」を人々に知って欲しかった解放者と考えられます。しかしその結果として嘆く人もいるなか,ソクラテスは死刑にされてしまいました。

真実よりも影を見ていたい人々からすれば,「この人は何を言っているんだ。おかしな人だな」と解放者に対して思ってしまうのです。

弟子であるプラトンはこうした人間の性質を捉えていました。

洞窟の比喩」には解放者の誕生を後世に託していき,真実な世界を実現させる想いが込められているのかもしれません。

こうした歴史上の人物から現代に至っても,解放者によって,真実となる本当の光や善,美,愛がこの世界にもたらされていると考えられていたのです。

おわりに

今回ご紹介した「洞窟の比喩」は,プラトン著作「国家」の下巻に収録されています。

対話篇という会話形式で書かれていることから,プラトンの作品は比較的読みやすいと好評です。