デール・カーネギー「クリスチャン説」人を動かす・道は開ける著者

デール・カーネギー「クリスチャン説」のイメージ
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デール・カーネギー代表作「人を動かす」と「道は開ける」。
これらはビジネス本の中でも特に有名ですよね。書店に入るたび新しい改訂版が視界にちらりと入ってきます。

今回は「デール・カーネギーはクリスチャンじゃないか?」といった疑問にお答えしていきたいと思います。

結論から言うと「おそらくクリスチャン」
根拠はデール・カーネギーの発言や価値観がキリスト教だと思える箇所がいくつかあるからです。

この記事では「デール・カーネギーがクリスチャンではないか」と思える箇所を書籍「道は開ける」よりピックアップしています。
デール・カーネギーがクリスチャンかどうかの指標として、ぜひ参考にしてみて下さい!

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【デール・カーネギー】聖書の価値観に近い発言(まとめ)

ここではデール・カーネギー著作「道は開ける」より、聖書の価値観に近い項目を10個ピックアップしました。

項目①「心の平安を得る秘訣」
項目②「復讐は有害無益だ」
項目③「敵を憎まない」
項目④「愛に満ちた心はよい表情を作る」
項目⑤「憎しみを捨てる」
項目⑥「相手を理解して思いやりを持つ」
項目⑦「自分の心を克服する」
項目⑧「行動が思考を変える」
項目⑨「祈りは熟睡の条件」
項目⑩「友人に裏切られても失望しない」

それぞれポイントを押さえながら簡単に解説していきたいと思います。

項目①「心の平安を得る秘訣」

ここでは、デール・カーネギーが祈りをささげる家庭での生い立ちについて書かれています。

title:心の平安を得る秘訣

私はいつも聖書を読んで祈りをささげる家庭で育った。父が人生の指針にしていた教えを家の中で何度も唱えていた声が今でも聞こえてくる。

「敵を愛しなさい。自分を呪う相手を祝福し、自分を憎む相手に善行を施し、自分を利用する相手のために祈りなさい」

父はその教えを実践していたおかげで心の平安を得ることができた。それはどんな権力者も得られなかった恩恵である。

ここで繰り返しておこう。
敵に復讐しようとしてはいけない。そんなことをしたら相手よりも自分が傷つくだけだ。好きでもない人のことを考えて一分たりとも無駄にしてはいけない。

引用:道は開ける(123)
ポイント

父が聖書を人生の指針として実践していたことから、デール・カーネギーは熱心なクリスチャン家庭で育ったと見られるポイントです。

なお、デール・カーネギーは農家の父ジェームス・ウィリアム・カーネギー(1852-1910)と、母アマンダ・エリザベス・ハービソン(1858-1910)の間に生まれた次男とのことです。

参照:http://www.kotoba.ne.jp

項目②「復讐は有害無益だ」

デール・カーネギーがイエス・キリストについて独自の解釈で発言している項目です。

title:復讐は有害無益だ

「自分勝手な人に利用されても、復讐を誓うのでは無く、そんな人のことはさっさと忘れてしまおう。復讐を企てると相手より自分が苦しい目にあうだけだから」
これは理想論に見えるかもしれないが、ミルウォーキー警察署の告示に書かれていたメッセージである。

また、復讐は健康を害することもある。「高血圧症の人の性格的特徴は怒りっぽいことである。いつも腹を立てていると慢性的な高血圧症になり、心臓病を引き起こしやすい」。

イエス・キリストが「敵を愛しなさい」と言ったのは、人の道を説くためだけではなく、健康増進に役立つ医学的な教えを説くという意図があったからかもしれない。きっとイエスは高血圧や心臓病、胃潰瘍を含む多くの病気を予防する方法を民衆に教えようとしたのだろう。

参照:「道は開ける」(112)
ポイント

ここでは唐突にイエス・キリストの名前が登場していますが、このように急に著名人の名前が出てくることはデール・カーネギー本では「あるある」です。
なおイエス・キリストについて触れているのは、この箇所だけではありません。

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項目③「敵を憎まない」

「道は開ける」では「敵を憎まない」という項目がありますが、そこでは前後の文脈に関係なく、唐突に「敵」という言葉を使っています。この「敵」は何を指しているか、それについては全く触れられていませんが、この箇所では次のように述べられています。

敵を憎むと敵に支配されてしまい、その支配力は健康や幸福などにまで及ぶ。

参照:「道は開ける」(111)

これはキリスト教における悪魔の性質に類似しています。

聖書では「悪魔は人間に対してその人の価値観を狭めたり、感覚を麻痺させる性質がある」と述べられています。
このことから著者デール・カーネギーは、「キリスト教における悪魔の性質を述べている」と見られるのです。

また、唐突に「敵」という言葉を使っていることから信仰が垣間見えます

ポイント

「敵」=「悪魔(サタン)」という構図を用いていることがクリスチャンの価値観を思わせるポイントです。この構図はキリスト教ではよく用いられています。ニュアンス的には「罪を憎んで人を憎まず」といったフレーズが近いかもしれません。

項目④「愛に満ちた心はよい表情を作る」

この項目では、イエス・キリストが主張した「敵を愛しなさい」についてデール・カーネギーが深堀りしています。

title:愛に満ちた心はよい表情を作る

イエス・キリストが「敵を愛しなさい」と言ったのには、もしかすると外見をよくする方法を民衆に教えるという意図もあったのかもしれない。

憎しみのために険しい表情になっていたり、恨みのために顔がゆがんだりしている人は誰の周りにもいるはずだ。外見をよくして魅力的になるために美容に励んだところで、許しや優しさ、愛に満ちた心を持つことの半分の効果も得られない。

敵は相手の容貌がどんどん醜くなっていくのを見て、さぞかし満足そうな表情を浮かべるに違いない。

参照:「道は開ける」超訳(113)
ポイント

ここでも「敵」という言葉が唐突に使われています。
聖書に書かれている悪魔は人を落としめる性質を持っていますよね。そのことを述べていることが分かります。

項目⑤「憎しみを捨てる」

ここでは、デール・カーネギーが聖書を引用しています。

title:「憎しみを捨てる」

憎しみは食事の気分すら台無しにする。当然だ。誰かを憎みながら食事をしても楽しい気分になれるはずがない。

聖書にはこう書かれている。
「憎しみに満ちた環境で贅沢な料理を食べるくらいなら、愛に満ちた環境で質素な野菜料理を食べる方がよい」

引用:「道は開ける」(115)
ポイント

デール・カーネギーが聖書の箇所を引用しているポイントの一つとして挙げました。

項目⑥「相手を理解して思いやりを持つ」

title:相手を理解して思いやりを持つ

「もし私たちが相手と同じ肉体的、精神的、感情的な特徴を受け継いで、しかも人生で同じ経験をしたなら、相手と同じ行動を取るに違いない。だから相手を非難するのではなく、相手を理解して思いやりを持ち、そんな人間にならなかったことを神に感謝すべきである」

引用:「道は開ける」(122)
ポイント

最後の一言、「神に感謝すべきである」という発言からデール・カーネギーの信仰が垣間見えますね

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項目⑦「自分の心を克服する」

title:自分の心を克服する

聖書には「人間は心の中で思っているとおりの人物になる」と書かれ、「自分の心を克服する者は、都市を征服する者よりも強い」とも書かれている。

引用:「道は開ける」超訳版(128)
ポイント

人生を切り開くアドバイスとして聖書を引用していますね。
こちらの項目はたったこれだけです。「道は開ける」の超訳版は一つ一つの項目が簡潔なため読み切りやすいのが特徴です。

項目⑧「行動が思考を変える」

title:行動が思考を変える

聖書の創世記によれば、創造の髪は人間に全世界の支配権を与えた。これは強大な贈り物だ。

だが、私はそのような特権には興味がない。私が望むのは自分自身を支配することだけだ。私は自分の思考を支配し、自分の恐怖心を支配し、自分の心や魂を支配したい。そして、素晴らしいことに、いつでもそうすることが可能なのだ。私はただ自分の行動をコントロールするだけでいいのである。行動をコントロールすれば、思考も心の持ち方も変わるからだ。

引用:「道は開ける」(135)
ポイント

創世記を参照されていますね。

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項目⑨「祈りは熟睡の条件」

医師が語った祈りの効果にデール・カーネギーが共感を覚え、主張している項目です。

title:祈りは熟睡の条件

熟睡の第一条件は安心感である。
トーマス・ヒスロップ医師はイギリス医師会での講演で、次のように語った。

「私の長年の診療経験で分かったのは、祈りが睡眠を促す最善の方法のひとつだということだ。祈りは、それを習慣的に実践している人にとって、乱れている心を落ち着け、高ぶっている神経を鎮める最も適切な方法である」

引用:「道は開ける(141」
ポイント

デール・カーネギーの語りではありませんが、祈りの効力について自身も共感された項目だと考えられますよね。

項目⑩「友人に裏切られても失望しない」

title:友人に裏切られても失望しない

あなたや私が六人の友人のうちの一人に裏切られても、嘆いてはいけない。

イエスキリストの身の上に起こったことを思い出そう。
十二人の弟子の一人がわずかな賄賂を受け取って裏切り、別の一人の弟子はイエスがトラブルに見舞われるとすぐに見放して知らんふりをした。

イエスですら六人に一人の割合で裏切られているのだから、あなたや私が六人の友人のうち一人に裏切られても仕方がないと考えて割り切るべきである。

引用:「道は開ける」超訳版(160)
ポイント

ここはイエス・キリストを思い起こすように促している箇所でしたね。
「最後の晩餐」のシーンを用いて、イエスですら裏切られることを述べていました。

おわりに

いかがだったでしょうか?デール・カーネギーがクリスチャンだと思える箇所のまとめでした。

他にもクリスチャン説な箇所を見かけましたらシェア頂けますと幸いです。

最後までお読み頂きありがとうございました!

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